
事業を進める”最初の一歩”を踏み出すために必要なこと
川崎市にあるコワーキングスペース&起業支援拠点「Kawasaki-NEDO INNOVATION CENTER(K-NIC)」 では、研究開発型スタートアップを中心に、起業準備者向けの「分野別相談会」を毎月開催しています。
分野別相談会を対応するのは、本業で専門領域を持つ20名以上のK-NICサポーターたち。技術シーズの事業化、ビジネスモデル構築、資金調達、知財戦略などについて、各分野の専門家が1対1で相談を受けます。なんと、これらの相談はすべて無料。
通常は有償でしか受けられないような専門家に相談できることから、K-NIC内でも非常に人気の高い支援メニューです。
今回は、商品企画・事業初期支援を得意とする辰野博一サポーターにインタビューを行いました。
マーケティングの教科書にも載るヒット商品誕生に関わった会社員時代から、現在のスタートアップ支援に至るまでの経験をもとに、相談会で実際に多い悩みや、起業の「最初の一歩」の考え方について伺いました。

辰野博一氏
<プロフィール>
合同会社タツノ経営デザイン代表/中小企業診断士/認定経営革新等支援機関/修士(商学、エネルギー科学)
大手電機メーカーにて11年半、小物美容家電の商品企画・マーケティング業務を経験。退職後、大学院での中小製造業の技術経営、自社製品開発に関する研究活動を経て独立。中小製造業・テック系スタートアップの経営支援や、創業支援を中心に従事。現在、早稲田大学リサーチイノベーションセンターシニアコンサルタント(研究者・学生支援)、専修大学経営学部兼任講師(科目名「デザインと経営」)、NEDO事業カタライザー、本庄早稲田塾ゼロから始める創業スクール講師。
電動歯ブラシの商品企画を11年。その後、スタートアップ支援へ
現在は経営コンサルタントとして活動しています。独立したのは2015年。今年で約10年になります。
それ以前は、パナソニック(当時は松下電工)に在籍し、電動歯ブラシの商品企画に11年間携わっていました。商品企画に関わる中で、自分のスキルを見える化したいと思うタイミングがあり、設計などの技術者の仕事であれば専門性を示す資格がありますが、商品企画にはそれに相当する資格がありません。近いものとして上げるとすれは、MBAや中小企業診断士といった経営系の資格くらいでした。そこで会社員時代に中小企業診断士の勉強を始め、取得を機に退職・独立しました。あわせて大学院でマーケティングや経営を学び、独立後しばらくは中小企業の経営支援を中心に活動していました。
仕事を受ける中で、次第に大学のアントレプレナーシップセンターなどでの仕事を通じてスタートアップ支援に関わる機会が増えていきました。2020年以降はK-NICやNEDOのカタライザーなど、研究開発型スタートアップ支援に本格的に取り組んでいます。
なぜ、K-NICサポーターに?
もともと川崎市にあるKBIC(かわさき新産業創造センター)で、インキュベーションマネージャーを務めていました。その時は公益財団法人川崎市産業振興財団の立場でした。約3年間、研究開発型企業の支援に携わっていました。
当時は、今ほど「スタートアップ」という言葉が一般的ではなく、KBICにも大企業の研究所や地元の中小企業が多く入居していました。そうした環境で研究開発型の現場を長く見てきた経験が、現在のK-NICでの支援にも生きていると感じています。そんな中K-NIC設立のタイミングで事務局から声をかけていただきサポーターとなり、現在に至ります。
大企業とスタートアップの違い―スタートアップの魅力とは
パナソニック時代に私が関わっていた電動歯ブラシの大ヒット商品が生まれた要因は、従来とは異なるコンセプトで新市場を開拓したからだと考えています。中高年男性の嗜好品として捉えられていた電動歯ブラシを、外出先やオフィスで使える若い女性向け携帯型歯ブラシとして販売し、市場を大きく拡大したのです。コンセプト、スペックの変更やデザインのマイナーチェンジなど、女性をターゲットとする商品を検討し、投入し続けた長い試行錯誤を経て生まれたヒット商品でした。ただ、こうした勝負の仕方ができるのは、体力のある大企業だからでした。基本的に、スタートアップにはそのような余裕はありません。限られた資金・人材・時間を、どこに投じるか。その判断はよりシビアになります。ただ見方を変えれば、スタートアップには「事業のすべてに関われる」「すべてを自分たちで決められる」という面白さもあります。特にテック系スタートアップは、これまでになかったものを生み出し、社会に新しい価値をもたらす可能性もある。さらには「スピード感」も醍醐味だと思います。短い時間で多くの経験を積める点は、スタートアップの大きな魅力です。そんな魅力あるスタートアップがよりグロースできるように、背中を押すことが自分の役割だと考えています。
分野別相談会で多い質問とは
相談で最も多いのは、本当にシンプルな相談です。それは「何から始めればいいですか?」という相談。研究者や技術者の方は、技術を持っており、やりたいこともあります。しかし「最初の顧客を誰にすればよいのか」「試作品を作るための資金をどこから調達すればいいのか」などの悩みにつまずき、手詰まりに陥ってしまうことも多いです。私の相談会では、「事業を進めるための最初の一歩をどこに置くか」を一緒に決めることを大切にしています。
私自身は新商品や新事業のコンセプトメイクなどの企画相談を得意としていますが、実際に受ける相談は様々です。「起業するかどうか迷っている」という相談や、「なぜ会社員を辞められたのか?」といった質問を受けることも。そういう時は、現実的な視点でお話させていただくこともあります。「会社員を辞めずに、副業や段階的な起業でリスクをコントロールしながら進める」というのも、ひとつの選択肢ですから。
こういった事業そのものに関わらない相談であっても、まずは相談に来ることが起業への大切な一歩です。私は相談を通して、起業家の方の背中を押したいと思っています。
整理すべきなのは「誰に」「何のために」
技術を持っていると、どうしても技術の特長が最大限生かされる事業領域を狙いがちです。しかし事業の初期段階では、まずは市場が大きい、または競合が少ない領域で、今実現できる技術水準で市場投入を検討する方が、事業化に向けて前進しやすい場合も多くあります。整理すべきなのは、「誰に向けた技術なのか」「どの用途で市場投入を狙うのか」について検討して、仮説を立てて行動することです。
事業ドメインやターゲットが明確になれば、資金調達を受けたり、アクセラレーションプログラムを受けたりするための審査も通りやすくなる。「誰に」「何のために」を整理することが、資金調達や事業開発を加速させることにつながるのです。
相談を検討している方へ
「まだ整理できていないから」「もう少し考えてから」と思っているなら、ぜひ一度相談してみてほしいと思います。人に説明することで、自分自身の考えが整理される。起業相談は、アドバイスをもらう場であるのと同時に、自分の考えをアウトプットする場でもあります。
最初の一歩を一緒に整理する“壁打ち相手”として、分野別相談会を気軽に使ってもらえたら嬉しいです。

