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起業家インタビュー

「私の使命はこの技術を社会貢献に繋げること」 ~急成長中のスタートアップが語る「鉄触媒」の可能性

「私の使命はこの技術を社会貢献に繋げること」 ~急成長中のスタートアップが語る「鉄触媒」の可能性

川崎市にあるコワーキングスペース&起業支援施設「Kawasaki-NEDO INNOVATION CENTER(K-NIC)」で毎年2回開催している「K-NIC Startup Hands on Program(スタートアップハンズオンプログラム)」。

ディープテック領域で具体的な技術シーズがあり、研究開発要素のある事業で起業を目指す方を対象にした本プログラムでは、NEDOのスタートアップ支援事業(NEP、STS等)での採択や資金調達に成功した起業家を多数輩出しています。

今回は2023年下期に採択された、「鉄触媒反応」を活用した新しい有機反応技術の開発をされている株式会社TSK 代表取締役・孫さんに、化学分野での起業に至った経緯や鉄触媒を研究している中村先生との出会いなどをお聞きしました。

K-NIC Startup Hands on Programとは?

起業家プロフィール

孫 恩喆(ソン ウンチョル)
株式会社TSK 代表取締役
韓国慶尚北道出身。京都大学工学研究科にて博士号取得後、積水化学工業株式会社にて材料開発に携わる。その後、韓国サムスンディスプレイ社にてデバイス材料開発を統括。京都大学発ベンチャーとして、京都府で株式会社TSKを設立。

鉄触媒の可能性

―― 御社の事業について簡単に教えてください。
株式会社TSKは、「鉄(鐵)・触媒・化学」の頭文字を取って「TSK」という名前にしています。
「鉄触媒」という技術を京都大学中村研究室と共に活用し、独自の材料開発を進めています。現在は有機EL(ディスプレイや照明用光源として注目されている材料)を中心に、バイオスティミュラント・医薬品・半導体などの製造に関する研究開発を行っています。

化学合成に使われているのはパラジウムなどを用いたレアメタル触媒です。しかし、地政学的な状況から、安定して量産できない・価格変動が大きいなどのリスクがあります。レアメタル触媒に代わる触媒はないかという中で、京都大学の中村先生が鉄を触媒として用いる研究をされていました。その鉄触媒を用いて様々な材料の製造を行うのが弊社の事業です。

――研究者である中村先生との出会いと、共に起業するまでの経緯を教えてください。

大学院修了3カ月前に中村先生に出会い、卒業後も定期的に中村先生と交流しながら親交を深めていました。

ある時、中村先生から「鉄触媒の技術を社会のために使いたい。会社を一緒に作らないか。」という相談がありました。鉄触媒の技術が、顧客となり得る相手にはどう見えるのかを確かめるべく、韓国の大手パネルメーカーの有機EL材料の担当者にヒアリングをしました。すると「可能性があり、大変面白いですね。」という評価をいただいたのです。鉄触媒から有機ELをつくる事業に可能性があると感じ、起業しました。

研究開発型スタートアップの立ち上げには、もちろん不安もありました。
研究開発型スタートアップのシーズを事業として世に出すには、時間も資金も相当に必要です。その上、研究開発している技術が事業として思うように進むのかは誰にもわかりません。
しかし、「日本の大学に長年蓄積された研究開発のノウハウは、うまく磨いたら社会貢献ができるシーズや製品になる原石なのでは」と思ったのです。

この原石を世に届けることが私の使命だと思いました。
私には、博士課程での研究、大手化学メーカーでの材料製造、大手パネルメーカーでの材料活用などの多様な経験があります。また、材料製造に関する多種多様な関係者とのネットワークを持っています。この経験・ネットワークから、研究開発技術―この鉄触媒技術を社会に届け、最終的には製品・商品としてエンドユーザーに届けることが自分のやるべきこと、そのために会社を作ろうと決心したのです。

―― 2021年に会社を設立され、その後資金調達も実施されるなど急成長されていますが御社の強みは何なのでしょう?

市場全体を見る目とネットワークだと思います。
業界の全体感やビジネスの先が見えるから戦略も立てやすく、速く実行できるわけですね。また、業界の技術や材料の評価が貰えるネットワークがあることが一番の強みです。技術や材料の評価は、容易に得られるものではありません。評価ができる人材が多くないからです。しかし弊社は、技術や材料の評価が判断できるネットワークがあり、定期的に評価をいただいています。評価をもらい、改善を繰り返す、このスピード感が会社としてのスピード感に繋がっていると思います。

スタートアップは時間との戦いだと考えています。できることは早め早めに進めたいですね。現在、研究員も増えています。有償サンプルも去年の下期から出せるようになり、新しい顧客や事業化パートナーとの契約も進んでいます。

K-NICハンズオンプログラムに参加して

――K-NICハンズオンプログラムには何を期待して応募されたのでしょうか。

弊社はNEDOの研究開発型スタートアップ支援事業(以下、NEDO支援事業)への応募を考えています。
以前、NEDOの支援事業に申請しましたが、事業内容や可能性を理解してもらえる表現ができませんでした。K-NICはNEDO支援事業に詳しいと紹介され、NEDO支援事業の採択に繋がればと思い、応募しました。

――K-NICのハンズオンプログラムはメンターが二人つきます。メンター二人についてはいかがでしたか?

初めてのメンタリングでは目からウロコが落ちた感覚でした。このお二人はディープテック領域に非常に詳しい、すごい方だと。自分たちに不足している重要なポイントが何かを指摘いただきましたし、弊社に対する質問も鋭くレベルも高かったです。

――印象に残っている話や、出来事はありますか?

「鉄触媒がなぜ出来るようになったのかを、資料に掲載した方がいい」というアドバイスです。
それまでは「鉄触媒は素晴らしい」という訴求をしてきましたが、あまり響いていないように思っていました。
しかし、「鉄触媒がなぜ出来るようになったのか」を記載すると、技術や事業の可能性がより鮮明に表現できるようになりました。訴求力も上がったように思います。

ブラッシュアップした資料や見せ方はNEDO支援事業の申請書以外にもいろんな場面で使っています。例えばホームページにも活用しています。ハンズオンプログラム期間を通して、事業の可能性がしっかり伝わる、完成度が高い資料にブラッシュアップできたと思っています。

――ハンズオンプログラムが終わり、次のステップはどのようなことを考えていますか?

まず成果を出すことに注力していきたいと思います。量産の可能性が見える段階までは進みたいですね。そこまで進めば資金調達もそれに伴ってきますし、事業拡大の可能性もより上がると思っています。今後、何を最優先にすべきかなどの優先順位を、このプログラムの中で整理できました。

――次回ハンズオンプログラムを検討されている方にエールをお願いいたします。

良いメンターに出会うことは重要です。良いメンターとディスカッションする経験はお金では買えません。一人で悩んで答えが出ない時は、経験豊かで優秀なメンターの方がいるK-NICを使ってもらえたらと思います。